2012年7月14日土曜日

いじめ自殺、なぜ防げない

新聞の記事に「文科省の対策常に後手」とあったが、これはいわば内臓疾患でできた炎症に膏薬貼っているようなものだからではないだろうか。いじめの加害者や学校や教育委員会を責めて、一件落着となることをとても憂いている。


そもそも、いじめと言うのは強制的集団で必然的に発生する現象であり、ゲージに多数の鶏を集めるとつつき合いが始まる。その鶏を野に放てばすぐ収まってしまうのだ。言い換えると学校がなくなるといじめも必然的になくなるといえる。学校をなくすことができないとすれば、なぜ学校が鶏ゲージになっているかを考えないといけないと思うのだ。
ちなみにゲージに飼われている鶏はつつき合いをすると商品価値を失うのでくちばしを焼いてしまうそうだ。そこで内申書を思い浮かべてしまうのは私だけだろうか。

日本の公立小中学校は教育委員会制度を採っている。教育委員会は県と市町村に分かれていて、学校に直接命令できるのは市町村の教育委員会。にもかかわらず、教師の人事権は県教育委員会が握っている。文科省は教育委員会に対する命令はできないが明示的暗示的指導が行われ事実上支配している。教育委員会は事実上教育長が実権を握っているが、法的には事務局の責任者でしかなく責任もない。なお、学校で起きた事件事故で最終的に責任を問われるのは、月に1度開かれるだけの市町村の教育委員会であり、特定の誰かが責任を負うことはない。

もともと教育委員会はアメリカの指導で作られたものだが、アメリカでは教育委員は公選で選ばれるのに対し、日本はやめてしまったため、時の政権の意向に従う文科省の思いのままになってしまった。穂坂 邦夫著「教育委員会廃止論」より

教師はいじめや不登校あるいは学級崩壊が起きると減点され、教頭や校長になるチャンスが減る。学校長も校内でそのようなトラブルが起きると教育委員会や教育長になるチャンスを失う。
だから、教師から校長、教育長もすべてが事なかれ主義になっている。事なかれ主義ということはいじめが発生するといかになかったことにするかに腐心する。不登校になれば無理やり学校につれてくることに苦労する。保健室登校や校門タッチは不登校の数字を減らすためだけにあり、子どものことを考えてやっているわけではない。

公立校では学校をよりよくするための提案はすべて文科省の機嫌を損ねてしまう危険性があるのである。それゆえいじめも不登校も決してなくなることがない。そこに触れないように対策をしているということは、内蔵の病気であらわれた皮膚疾患に絆創膏を貼って直した気になっているのだろう。でもそこが治ればほかの場所にまた疾患が吹き出して際限がない。

もはや学校という制度自体が教育産業のための利益収奪システムになってしまい、子どもの未来、ひいては日本の将来にとって破壊的な効果しか期待できないようになっている。

私は学校に選択の余地がないことが最大の問題だと思う。子どもはどの学校に行くかを指定され、どの先生に教わるかも選択できない。ここがいやだからと言っても逃げられない。不登校になっても、正規の教育制度ではないのでひどい差別を受けている。これほど子どもや保護者に教育に選択権のない国は先進国の中では日本しかない。

文科省は義務教育においてすべてを差配しようとしていて、その結果子どもは自由闊達に生きることができなくなっている。それがプレッシャーとなり耐え切れずに引きこもったり、いじめに走ったりするのだと思う。先日「オルタナティブ教育法」を実現する会が参加したが、学校制度に横穴を開けることで学校は変わりうると思っている。

もうひとつ、他人がいじめられていたり、苦しい思いをしていると助けてあげたいと思う慈悲の心は多くの人にあると思う。にもかかわらず学校でいじめが発生したとき多くが傍観者であるのはなぜかを考える必要があるだろう。
原因は受験戦争にあるのではないか。テストで他人より少しでも高い点数を取る必要があるが、そこで必死に勉強するより、他のひとが悪い点数を取ってくれたほうが楽なのだ。
いじめが起きてそれを止めて巻き込まれれば勉強どころではなくなるし、いじめを放っておいてその結果彼らの成績が落ちればそのほうが都合がいいのだ。

このことは子どもたちが本来持っている慈悲の心を蝕むようになるだろう。そうやって慈悲の心を押しつぶすことで好成績をあげて卒業した人が一流企業や官僚や教師に収まる。そうして慈悲の心を抑えて先生になったから、子どもたちのいじめを見てみないふりをするようになるのだろう。

今日(2012/7/14)の東京新聞でいじめに傍観していた子どもたちがとても苦しんでいるという記事があった。その苦しみを誰が作ったか、文科省は真摯に受け止めてもらいたいと思う。

4 件のコメント:

すみこaka銀龍 さんのコメント...

子供たちを解き放て~!って感じですね。
評価や競争を無くして自由にしたら、蹴り落とすんじゃなくて、助け合うのに!!
日本のオルタナティブ学校やホームスクールを広げる運動はどんな感じで動いてるんですか?

とうはん さんのコメント...

先日「オルタナティブ教育法」を実現する会の設立総会に出席しました。国会議員が10名ほど参加していて、彼らの意識はだいぶ高いと思います。参加している人たちはだいぶ教育制度に対する疑問を強く意識していると感じることはできました。
しかしながらこの人たちも基本的に不登校対策の枠からは出られなくて、不登校になる前に学校制度を考え直す言う意識にはまだなっていないようです。

私も学校の制度そのものが問題なのだから、「学校教育法」を廃止するか改定すべきで、オルタナティブ教育法を作るのは屋上に屋を重ねるようなものじゃないかと思っています。しかしながら現在の教育制度に横穴を開けると言う点でとりあえずは意義はあるかもしれないと思います。

学校制度そのものを解体して、ゼロから考え直すすべきだと思いますね。

すみこaka銀龍 さんのコメント...

グダグダせず一気に解体して欲しいですね。
学力だって落ちまくりなんですもんね。
日本全体がぽちゃりますよね、このままじゃ。
私はとにかく明るい顔の子供たちが見たいわ~。

chibimikan71 さんのコメント...

もうみんな、学校集団が機能していないことは分かっているでしょうにね。

おととい、昨日で一気に読んだ小説が、なんと現役の先生が書いたストーリーで、主人公の通っている学校生活がものすごく生々しく描かれていたんですよ。しらけた空気、テストだけを意識する学習、学校での人間関係のわずらわしさ、それらを本気で何とかしようとすると自分がつぶれるから、そういうときにはのらりくらりかわせるように、何事にも本気にならないほうがよい・・・と。もちろんいじめもその中に出てきて、主人公の子供がちょっとだけターゲットにされる訳ですけど、彼女は本気で問題に立ち向かってしまったためにいじめられるという、なんともやりきれない理由でした。

これ、現役の先生から見た子供達の苦悩ですよね。わかっているのに何も出来ないから、こうやって作品として発表しているのかな、と考えちゃいました。

スミちゃんと同様、子供の明るい笑顔が見たいです。大人の明るい笑顔も。