2012年1月26日木曜日

想像力と創造力

昨年(2011年)日本の貿易収支が赤字になった。東日本の大震災が輸出入に影響しているが全体的に日本の経済力が衰えていると言っていいだろう。例えばソニーやパナソニック、トヨタなど日本を代表する消費材メーカーが急速に売り上げを落とし苦しんでいる。今回はこの原因について考えてみたい。

1945年日本は戦争に負けて価値観の回れ右を経験した。行列の先頭にいると思っていた人たちが実は最後尾だと言われたようなものだ。この大混乱の中で松下幸之助や本田宗一郎、井深大などが過去の流れにとらわれない企業を作り出し、戦後の発展の基礎を作った。彼らがそろって引退したのが1975年頃でそのころから校内暴力が高校で問題化されるようになった。それが管理強化によって沈静化したのが1985年頃で、その後いじめや不登校の問題が起きてきて2000年以降に小中学校の校内暴力が問題化され始めている。

松下幸之助など価値観の転換世代によって1965年までの20年間に日本経済の基礎は作り上げられた。そしてこの間に少年期を過ごした人たちによりその後も発展を続け、1990年頃そのピークを迎えた。今の企業の中枢には戦後第3世代がいる。彼らは価値観のどんでん返しを体験していないし、親からも聞いていない。秩序はそこにあるし、これからも守ることが正義だと信じ込んでいる。疑うことを知らない世代だ。

ソニーの井深大は自分が欲しいものを作りたがった。人が欲しいものではない。ジョブズも自分が欲しいからiPhoneを作った。誰もほしがらないものだからこそ作るのだと彼は言っていた。この思想は今の日本企業にはない。今ソニーは人がほしがるものを作っているが売れない。松下幸之助は松下電器にはソニーという研究所がありますと言ったそうだが、ソニーがこけたらパナソニックもこけた。

iPodの構想はある人が電機メーカーに持ち込んだものだが、日本のメーカーはすべて門前払いだった。ジョブズだけが食いついてきたそうだ。そのような話は枚挙にいとまがない。


天才にとって、想像力が発想の根幹をなしている。想像するということは記憶の一部と別の部分とがいくつも連鎖することである。その連鎖するとき普通では思いつかないような連鎖をする人が天才であり、それが創造力になる。それに対し普通の人は人の発想と同じ発想することで満足してしまう。それが行き過ぎると違う発想をする人を「空気が読めない」と言って非難するようになる。これが空気(秩序と抑圧)の文化と言う。

そもそも学校はこの秩序と抑圧の文化で成り立っている。いかなる先生であろうと生徒が先生を攻撃するとしかるべきペナルティがあるが、逆はほとんどない。

普通人は天才が描いた絵を見て、空を黄色や紫に塗る意味が理解できない。また天才にも論理だって説明はできない。そもそも想像は論理では組み立てできないものだ。そして「空は青でしょ」と言って直させる。すると彼らは少しずつ抑圧を受けて、それが重なると順応して普通の人になるか、つまらないからと不登校になるのだ。


戦争直後はこの抑圧が消滅した希有な期間だったのだ。そこに一斉に天才が飛び出したと考えている。戦後30年経ち教師や学校に自信が戻ってきた頃、校内暴力で学校が荒れ、管理と抑圧を強化した結果、校内暴力の代わりに「いじめ」に噴出し、それが登校拒否や不登校になる。その抑圧されて学校を卒業した人たちの子どもによって小学校や中学での学級崩壊が起きている。自由への希求と抑圧のスパイラルだ。

逆に言えば学校で優秀な成績を上げるということはこの抑圧に従順に従うことができる子どもということである。彼らは人と比較され続け、ほんの少し記憶力がいいことが自らの優秀さの証だと思っている。そういう人たちが日本社会の中枢を占めている現在、日本は文化的経済的に壊滅的打撃を受けることになると思っている。
私は戦後どのくらいの数の天才たちが学校につぶされて、自死や引きこもりになったかと考えてしまう。

学校へ行かない子どもたちに「社会性」が身に付かないと指摘する人たちが多い。社会性は歪んだ学校ではなく、自由な遊びを通じて身につけたほうが役に立つし、社会性がいらないと考える自由もあるべきだと考えている。本当の天才には社会性が薄い人が少なくないことを見逃してはいけない。

日本は今後子どもたちの想像力を解放して創造性を高めなければ復活はあり得ない。そのためにも学校や教師を(親ではなく)子どもたちが評価する仕組みに転換するしかないと強く主張する。

3 件のコメント:

すみこaka銀龍 さんのコメント...

きゃ~「空は青でしょう。」と先生に言われて以来、絵を描かなくなったすみちゃんで~す。

うちの子、私の小さい時と同じで、アリス狂なんです。10歳の男の子がアリスインワンダーランド好きなんて、学校に行ってたら笑いものですよね。

「今までのアリスの映画でぼくのイメージと一致するものはない。リアリスティックすぎる。」とかいって、自分で絵を描いて映画の構想を考えてるんです。空には赤いらせん状のものが浮かんでいてなんとも言えない感じ。本当に変わってる。

そんなうちの息子の絵を、ホームスクールの友人たちはCOOLと褒めてくれます。

息子の友人たちも、プレンジャーマン(そう、おトイレのスポスポやるプレンジャーです)とか、ハンガーを武器にしたハンガーマンとか、おもしろいスーパーヒーローを作り上げたり、とにかくイマジネーション遊びが好きです。

息子と映画作りをしているティーンエイジャーたちも、それぞれの想像力&技術力を出し切ってがんばってる。時にはものすごいディベートをしながら。自分たちの楽しみのためだけに映画を作ってるんですけどね。

アンスクールはイマジネーションを遮断されないから、いいんです。

時には、意地悪なことを言う人もいるけど、親がすぐフォローできるし。子供は親が認めてるって知ってるから、自信を持ち続けていられる。

夕べ、息子が奇妙なことを言ってました。「全ての人類は最初はマイクロスコーピックな(顕微鏡でしか見られない)へ~んな、気持ち悪い物体から始まって進化してきた。祖先はみんな同じ。アインシュタインもぼくも、始まりは同じってこと。」

誰でも天才になれるってことを言ってるのかな?

うちの子ちょっと偏屈。とうはんさんの記事読んで安心。

chibimikan71 さんのコメント...

とうはん、

お久しぶりです^^コメントしようと思いつつ、自分にはものすごいレベルの高い話に聞えてちょっと様子見てました^^’

あの、ちょっとずれたコメントかもしれないですけどお許しください。
留学時代に実際にあった話なのですが、ビジネススクールに通っているときに、本当にやる気のない先生が1人いて、そのくせテストは超厳しくて、クラスの生徒が6人しかいなかった私達はそれはもう結束が強まりました。
で、彼女の担当の授業が1クール終了したところで、学校側に今までの様子をすべて話したんですよ。そうしたら、次のクールには彼女はいなくなっていました。私立のビジネススクールではこういうこともありなんですよね。本当に早い対応でした。

で、私以外のクラスメートは皆、韓国人だったのですけど、お隣の国でも「先生」というだけで社会から尊敬され、一目おかれるらしく、現職「先生」をお休みしてきた、というクラスメートの1人はメチャクチャプライド高かったです>< プライド、というか先生が言うことが一番偉い!みたいな雰囲気でしたね・・・。日本だけでなく、韓国も、中国も、先生が言うことがすべてになっちゃうのですね。日本がいち早くこの「先生製造社会」を抜けだせたらよいのに、と強く思いました。

とうはん さんのコメント...

すみこさん、chibimikan71さん
こんばんわ

中学1年生の男子の母親がいて、子どものことで悩んでいたんです。私はその子と会いましたが、至って賢くて小さい子の面倒もよく見るすばらしい少年だと思ったのでそのとおり言いました。すると母親は「でも学校の成績が」と言うので、そんなもの大人になったら何の役にも立ちませんよ。人柄がすばらしいのでそのままでいいと思いますよと言いました。
数日後またそのお母さんに会ったら、「その後学校の成績や宿題やテストの話を子どもと一切しないようにしてます。すると、息子ととても仲良くなって、いろんな世間話なんかを自然にできるようになりました。」と言うので,ホームスクーラーの家庭はみんな仲がいいんですと言っておきました。(本当ですよね)

アメリカやカナダは知りませんが、日本の親は学校に振り回されています。

教師志望の女子大生と話をしましたが、私が学校へ行くからみんなバカになるんだと言う話をしたら、ひどく驚いていました。教師になりたいと言う夢を壊して申し訳なかったかもしれませんけど。でも何も反論しませんでした。

韓国に限らず、世界的に教育制度が遅れて導入された国ほど教育万能の思想が極端な形で徹底されているようです。

調べれば調べるほど学校制度が子どもたちを破壊しているとしか思えなくなるのですが。どうしてみんな分からないのでしょうね。