5.学校はなんでこんなにつまらないのか
学校の歴史から考えてみたい。
学校の原点は修道院の中にあった神学校だと言われている。
しかしそれが国民に対する強制教育に変えたのが産業革命である。
学校が誕生する前は子どもを誕生から育児、教育するのは親の仕事であり、
大人になると家業を継ぐのが普通であった。
鋳掛屋の子は鋳掛屋だし、百姓の子は百姓で、貴族の子は貴族だった。
そんな時代が稲作が始まった5000年前の農業革命からから続いていた。
その終わりを告げたのが産業革命である。
産業革命は蒸気機関の発明により、
それまでの人力や馬力の世界を機械がとってかわった
帆船だと3週間程度かかっていたのが1週間で大西洋を横断できるようになり
船は木造から鉄製に代わり、大きな大砲も積めるようになった。
そのためその後戦争の概念が変わった。
また工場ではパワーの大きい機械を一人や二人で扱えないので、
多くの人間を集めて同じ仕事をさせて大量生産が始まった。
機械は操作が複雑で多くの人を細かな作業に分ける分業が始まった。
決まった時間に始め、決まった作業をし、繰り返し効率よく仕事をする。
でもそんな習慣のない大人にさせようとしても、まずいうことを聞かない。
そこで新しい価値観を与える学校と言う教育施設をつくり、
子どもを親から引きはがしそこに押し込んでしまう法律を作った。
これが学校の始まりである。
学校は読み書き計算を教えるだけではなく、
秩序順応の習慣をしつけると言う裏の役割がある。
これを「闇教育」といい、学校本来の目的である。
その証拠に体罰は読み書きに対してではなく、
闇教育に反した者に対し与えられる。
一方大量の材料と製品を効率よく動かすために
資本家が集まって国家を形成した。
国家が成立すると国家間で凄惨な総力戦が始まった。
地域間の奪い合いが国家を形成したと言い換えてもいい。
工場が生まれることで武器や軍艦の性能が向上し
ヨーロッパは戦争に明け暮れるようになり
大量の武器を使う戦争では戦闘員は騎士から兵士へかわった。
つまり、戦闘行為が専門職から大量の素人集団になったのである。
その点でも学校は有効であった。
国家の支配者は「工場における一斉作業」と、
「戦場における命令指揮下の統一行動」のための
基礎知識を学校教育に求めた。
学校はその期待に沿って、定時開始、一斉授業、一律教育を推し進めた。
そのために教室における教師は全権を掌握し、
その命令に対し絶対服従を子どもたちに押し付けた。
さらにヨーロッパは自国だけでなく世界を制覇し始めた。植民地である。
強烈な戦艦と武器はアジア、アフリカ、アメリカ大陸を震撼させた。
それに対抗するためには、
西洋人の教育制度を取り入れるしかないと悟った。
そうしなかった国は絶滅したか、奴隷として徹底的に収奪されたのだ。
ヨーロッパのやり方をまねるしか選択の余地はなかった、
そのためには子どもの時期から新しい価値観を植え付けるしかないと考えた。
だから、世界中の学校の仕組みはどこに行っても全く同じなのだ。
つまり学校は工場労働者と兵士の養成校として始まった。
始まってしまうとそれ自体が自己目的化して、連綿と今に続いている。
今でも途上国においては学校は有効に機能している。
学校は経済や社会が近代化する一過程として必要だったかもしれない。
しかし21世紀になり先進国では情報革命がおき、
戦争は減少し、工場生産も自動化が進んできた。
近代国家では軍も工場も変革を迫られた。変わらないと生き残れないからだ。
学校も変わらないといけないが、
今でも100年前と同じ方法や教材で授業が行われている。
それは教師や文科省が学校に適応した人で構成されているからで
自身と同じ適応できる人を育てているつもりだ。
学校は今でも変わりなく労働者と兵士を作っている。
しかし、社会はもう労働者も兵士も必要としていない。
言われたとおりに動くしかできない人間は低所得にあえぐことになる。
逆に、学校はそのものが自己目的化し、
高等教育への受験体制が整備されるようになった。
現代に必要なのは時代を切り開く情熱と閃きだ
でもそれを教えることができる先生はいない。
必要ともされていない闇教育を押し付け続けているのだ
子どもが全く求めていないものを押し付けている
だから、学校はつまらないのだ。
もっと問題は、闇教育を受けると、それに従うことが当然と思い込み、
なんら、自ら発想したり、社会を改革しなくなる者たちが生まれることである。
そういう人間ばかりになると社会は硬直化し、最後は経済が破壊される。
日本はそういう状況に陥りつつあり、
結果的に世界の潮流に乗れずに苦しんでいるのだ。
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