2010年9月1日水曜日

プロクルーステースの寝台

ギリシャ神話にプロクルーステースという追剥の話が出てくる。

この男は旅人を捕まえて寝台に縛り付け、旅人の身長が寝台より長いと足を切り、短いとロープで引き延ばして寝台の長さに合わせる。そして身ぐるみ剥いで殺してしまう。

この寝台は現代の学校のしくみと驚くぐらいよく似ている。現代の学校は、特定の年齢の同一地域にすむ子どもを無条件に集めて入学させ、学校が作ったカリキュラムを学習させるために、教師が支配する教室に毎日出席し、決められた時間に消化することを強要している。このカリキュラムを消化できない子どもは切り捨てられ、決められた時間以内に学び終えた子どもはそのまま待たされる。
切り捨てられて学業をあきらめた子どもを「落ちこぼれ」といい、待たされて学業に背を向けた子どもを「浮きこぼれ」という。落ちこぼれは昔からいることが分かっていたが、実は浮きこぼれというのがバカにならないほどいることが分かってきた。成績優秀ゆえにいじめられたり、先生から疎まれたりすると、できないふりをして、実際に学業に手を抜くことで、落ちこぼれてしまったり、ただの普通の生徒になってしまうか、不登校になってしまう。

つまり、「学年別に編成されたカリキュラム」がプロクルーステースの寝台の役割をしているのだ。

本来、小学生時代の成長は精神的にも肉体的にも2年ぐらいの幅があるとされている。それを1年の枠に収めると、3年生であっても1年生から5年生までの差異があって当然だと言うことになる。しかもその成長度合いが固定しているより、年齢により変動する方が多い。とすれば、3年で1年生レベルの精神までしか成長していないとしても、その後急速に伸びて、何ら不思議ではない。このことは身長を例にとるとよくわかる。1年生の時一番小さかった子どもが、6年生になったときには一番大きくなったという例はよくある。身長であれば放っておいても伸びるが、学業の場合、低学年で劣等生扱いされることで、自分が勉強ができないと思いこみ、そのまま落ちこぼれて卒業することはありえる。

プロクルーステースの場合はテーセウスに殺されて、寝台も用を失うが、現代のプロクルーステースの寝台は簡単には退治できそうもない。困ったものだ。

写真はウィキベディアより引用

言葉
現在、子どもたちの生活は二つの慣習に支配されている。それは「テレビ」と「学校」である。この二つは、彼らが分別や節度、勇気や正義といったものを学ぶ機会を奪っている。」ジョン・ティラー・ガット

0 件のコメント: