2016年5月20日金曜日

秀才の時代

最近、Airbnbというホームページを知った。
外国に旅行に行くつもりでホテルの予約を入れていたが、ある人からAribnbと言うのがあると教えられた。調べてみたら、1泊普通であれば一万円ぐらいするのに2000円にも満たないところがある。そのうえホテルよりよほど広い。こんなに安いのに成り立つのかと心配になるが、泊まった人のレビューの評価の高いところはそれなりに安心である。普通の家庭で空いている部屋をホテル代わりに使う仕組みで比較的安い金額で借りられる。
予約を入れていたホテルを次々と解約し、Airbnbに変えていった。少なくても宿泊費が半額程度になったと見積もっている。ホテルはビジネスであり土地の人と話をしたり一緒に料理をすることは難しいが、Airbnbでは貸主(ホスト)との交流を楽しむこともできる。
他にCouchsurfingというページもあり、登録しているとお互い自宅に無料で泊まることができる。
日本でもこの流れを受けた民泊の法改正が進められているが、こういった仕組みはいつも後追いだ。

どうして日本から新しいビジネスが生まれないのだろうか?



第二次世界大戦でも明治維新以前の幕藩体制でも共通しているのは大将の存在感の薄さである。近代日本では2回だけ例外があって明治維新と大戦後は特定の人が強力に組織を引っ張る体制を作った。
やがてそれが安定してくると入れ替わって登場するのはいつも高学歴の秀才で、彼らがトップになり、その次に優秀なグループもその下でそれぞれのセクションのリーダーになる。そして彼らはグループ(村)を作ってその中に閉じこもってしまう。彼らがドロップアウトして別の組織を作ることはなく定年まで過ごして年金生活になることで満足している。

今回の三菱自動車の場合経営者が現場に対し目標だけ与え方法は現場任せだったらしい。が「目標数値を達成せよ」と言うだけで経営しているとは到底言えないのではないか。その程度の人間しか日本にはいないのだろうか。
実際はそうではないと信じたいけれど問題は三つある。

一つは学校教育において異論を許さない硬直化した教育が行われていること。
二つはその成績により優秀とされた人が出世して経営者になること。
そして、そこから抜けだしても日本の社会では評価されないことである。

アメリカでもアップルを創業したジョブズが亡くなると少しずつ衰えて行っている。あれほどの個性を後継者は維持できないということはわかる。しかし、違いはAirbnbとかCouchsurfingのような仕組みを考え出す人が次から次に生まれてくることである。日本では硬直化した大企業に優秀な人が抱え込まれていて、その人たちが定年になるまでその村から出てこない。

本来優秀だが学校に飼いならされた人と点数を取ることだけに適応している人が秀才とされ、現代日本を形作っている。ソニーにしろ東芝にしろシャープにしろ三菱自動車にしろ大手と言われる会社の多くはみんな同じ病気を抱えている。

このままであれば日産のゴーン氏のように外国から強烈な経営者をヘッドハンティングしないとますます衰退していくに違いない。しかしハンティングする企業が日本の常識に縛られているのだから前途多難としか言えない。

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